インタビュー取材

2007.06.28

アートディレクターという職業 MAC Japanより

アートディレクターという職業
-この世界に入ったきっかけを教えて下さい
柴山氏-
最初、イラストレーターになりたかったんですよ。絵描きじゃ食っていけないって忠告されて、商業絵描き、まあイラスト描きになったんですが、いろいろ仕事をしていくうちに、「おまえ、ADのほうが向いてるよ」って言われて、本格的の広告の勉強を始めたわけです。
―そのアートディレクターとは、基本的にどういったお仕事なんですか。
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柴山−
昔は図案家さんと呼ばれてたんだけど、絵の中にアイデアがあるということです。クライアントがいて、その商品をどうやって売って行ったらいいだろうかという相談を受けたとする。そこで自分なりのアイデアを込めた絵と文章を情熱を持って作っていくということですよね。
−お仕事は広告関係がメインなのですか
柴山−広告育ちですからね。ただ、広告の中にもいろいろバリエーションがあって、ページもののレイアウトをするようなカタログ的なもの、新聞、テレビ、ラジオ、イベント系も有ります。とにかくいろんなことが有りますよね。その中で15年くらいいろいろな仕事をしてきましたが、培われたノウハウっていうのは、いかにクライアントの気持ちを相手に伝えていくかということだけなんです。
−独立される前のサラリーマン時代はMACをお使いではなかったのですか。
柴山−旭通信社にいたのですが、そこがアップルのアカウントを持っていまして、出たばかりのMacintoshIIを社員割引で購入したんです。その当時使えるソフトがIllustratorしかなかったんですよ。そのデモを見たときに、マジンガーZのようなものが3次元的に描かれていたんですよ。光と影がある、これは凄いと思いましてね。でも実際に使ってみると、パントーンを貼っていくようにしか色彩は使えないじゃないですか。グラデーションもあるけど範囲をきめて数値で指示をしなければならないでしょ。それが僕の考えでは付いていけなかった。最初から立体が有って光があれば当然販社もするし、影だって出来るじゃないですか。そういうものだと思っててね。そこで一度挫折して、購入したMacは押入れに置きっぱなし。それから会社を辞めたりして、結局使い始めたのは独立してから。IIfxを買いなおしました。
−独立時にIIfxが登場していたようですが、それが使えると思ったのはどうしてですか。
柴山−IIfxでやっと動くという3次元のソフトがあったんですが、以上にスピードが遅かったんですよ。レンダリングするだけでも1,2日かかっちゃうわけですよ。簡単なものでもこれじゃ仕事にならない。当時、IIfxが一番速かったわけですけれど…、何とかもっと速くならないかと情報を探し回っていたらRISCボードというのがあるらしいというのが分かったんです。そのボードが何なのか分からなかったけれど、とにかく蓋を開けてNuBusというコネクタに差し込めば、差し込んだ数だけ速くなるらしいということでね。とりあえず見に行ったんですよ。
当時の3Dソフトウェアは建築関係で主に使われていて、これをグラフィックデザイナーで使っている人は皆無だったんです。いないんだったら面白いじゃないか、とますます闘志が湧いてきてね。で、結局買って自分なりに試行錯誤していろいろ作ってみたんですよ。やっと今になって自分のトーンというのが出始めているんじゃないかな。

マルチな思考は止まらない

−新しくCD-ROMを出されるという話も聞きまして、マルチメディアを意識して作られているということですが、どういうものですか。
柴山−これはマイブリッジという人が100年前に撮影した人体と動物などの動きをひとつひとつ追って写した写真があるのですが、僕はこれがマルチメディアの元祖だったんじゃないかと思うんです。
彼は地面にワイヤーを張り巡らせて、それに触れるとシャッターが下りるように並列にカメラを設置して動物の歩く姿を8枚から20枚程度の写真に収めたんです、馬が走るときは4本の足全てが地面から離れるときがあるかないかということで、彼は市長と賭けをしたらしいんですよ。結局はマイブリッジの言うとおり、全て離れるときはあったんですけど。こまの集合体として考えたのは彼が最初だったんです。だから、これはマルチメディア、PICSの王様ですよ。
−で、それをCD-ROMに?
柴山−そう、それをただ並べただけだとパタパタアニメにしかならない。それはやりたくないと思ってね。モーフィングという技術がMac上で出来るということを聞いて、パッと閃いたんですよ。これを使えば1枚1枚の間をスムーズに動かすことが出来るんじゃないかと。これが結構うまくいきまして、その時見ていた映像が見事に動画の状態になっているんですよ。
そしてユーザーが選んだ通りにAからBの動物に変形できるようになっているんです。ゲームではないんですが…、どういうカテゴリーのものか自分でも分からないんです(笑)『バイオモルフ・エンサイクロペディア(マイブリッジ)』ですかね(笑)
−マルチメディアの世界で何かやってみたいと思ったきっかけは何ですか。
柴山−今やっているのはCD-ROMという媒体の中でやっているだけであってマルチメディアライクなソフトですよね。その中で表現しているものっていうのは今まで紙というもので自分はやってきたわけだけど、それをCDというものに置き換えただけ。ある枠の中に文字を綺麗に並べたりするレイアウトという行為は宝石箱を見つけてきて自分の好きな宝石類を入れる行為に近いんですよ。だから、CD-ROMっていうのも僕の頭の中では宝石箱のようなものなんだね。『マイブリッジ』などは本当の本があるわけだから、それで完結してるものですよね。手に取って見られるという良さがあるわけだけど、こっちのデジタデジタルの方にも良さがある。それは同時には存在しえないんですよ。何かを捨てて何かを得るわけですよ。素晴らしい本のテクスチャーやインクの匂い、色んな細かな情報というのは失われるけれど、マイブリッジのオリジナル以上のものがコンピュータの力で付加されている。
−ほかにも、自分で変わった音楽の作り方をしているそうですが。
柴山−IBVAを使って音楽を作ったりしてるんですが…、ここに入っているのが僕の半年分の脳波なんですけど(荘重な特注ディスクケースの中にはフロッピーがぎっしり)。これにはその時の脳波が入っているんですよ。製作中の気持ちも入ってくるわけじゃないですか、だからこれをサインにしてるんです。この脳波のPICTを作品の左上隅に入れてるんです。
−この脳波を音にするということですが、怒ったり笑ったりするとどうなるんですか。
柴山−β波やα波が出たりして音が変わってきます。脳波は単なる楽譜で、MIDIで繋がないことには音にならないわけですが、その設定いかんによってはどうにでもなってしまう。楽譜が同じでも演奏者が違えば音が変わるでしょ。感情の起伏を誇張したり、ノイジーにしたり、その辺はいろいろと出来るんですよ。リアルタイムの脳波で音楽を作り出すことも出来ます。
−CDを作ることもできますね。環境音楽の。
柴山−そうですね。
このシステムに人工知能をつければ、もう少し喜怒哀楽を表現することも出来ますよ。
−アイデアも含めて、Macを使うことによって変わった部分はどんなところでしょうか。
柴山−かなり変わったかな。自分の足りない部分をコンピュータが補ってくれるってところがありますよね。ただ、自分の思想以上のものをコンピュータが勝手にやるかといったらそんなことは絶対にない。このIBVAにしても自動作曲器ではないわけだから…。『マイブリッジ』のときにも言ったけど、やはり、便利になった部分もあれば失ったものもあるんですよね。

Works

ネットでイタリアと東京を結ぶ、番組を10年前1997年に制作していたんだ。

凡人デザイナーのオムニバス(グラフィック編-1)

アップルコンピュータの貴重サイン

実は、広告、CM制作の為に、月の不動産を所有しています。

東京工芸大学からのインタビュー

BIO-MORPH-MUYBRIDGE

Infini-Dポスター

アルケミア

東映三国志ポスターCG制作

LOVE MOTHER EARTHのポスターを制作する