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クリエイティブ経営と組織 2007.06.06 1995年、の夏の地球の裏側の異国クイックタイム・コンファレンスやアップル・リモートアクセス、ISDN、翻訳ソフトらが僕の地球の裏側の異国の人と一緒に仕事をしたいと言う気持ちをさらに駆り立てた。 その第一ステップとして地球の裏側イタリア・フィレンツェにもオフィスをつくり、イタリアオフィスのほうでは現地の人も仕事に雇い始めた。この「あるデザインの試み」こそが今後の私の仕事のテーマの一つである。このようなグローバルなシフトの組み方がこれからのデザインの一つの形になるのではないかと思う。 この構想が1年以上前からあったのだが、年をとるにつれて、既存する日本のデザインオフィスの在り方、代理店の在り方から抜け出し、この新構想に飛び込む勇気がなかなかだせずにいたのだ。その理由は、いくつかあった。まず現在の仕事とのバランスも重要なのだが、なによりイタリアでは右も左も分からず、しかも、言葉の問題もある。 でも10年ほど前に僕は、イタリアに行き、フィレンツェとベニスの街が大好きになった。イタリア、フィレンツェにオフィスを作りたい。そこで、一世に会社を作った中村に現地に住んでもらいイタリア語を勉強してもらいながら、ルネッサンス時代天才をたくさん生み出したフィレンツェにオフィスを借りた。この今回の一連の作業は、引越しを含めてデザインをするための 会社構造全体のデザイン であった。今までの僕の仕事の環境だと、オフィスの中に僕が居てアシスタントがいて、コピーライターがいてという、ごくあたり前の仕事の仕方だったが、これからは地球の裏側にいる人とISDNで結ばれて、その人たちの生活や習慣、文化などを維持しながらコラボレーションしていくというイメージだ。例えばイタリアにデジタルカメラがあり、……東京でデザインして……ニューヨークで大型プリンタで大型プリントアウトして展覧会、といったふうだ。 私がこれを思い立ったのはイタリアが好きなこともそうだが、あのころのアマチュア無線とワールド・ミュージックがインスパイアしてくれたからである。一昔前に、ジャズにもロックにも飽きて音楽全体が行きづまったと感じたときにワールド・ミュージックを始めて聞いたときに新しい魅力を感じたのだった。これは東南アジアの民族音楽とポップスを融合させたものであるが、今までのデザインの在り方は図で示される形態であった。そこで私がしたかったのは、このような世界のいろいろな形の思想、感じ方を自由奔放に組み合わせ融合させることができるワールド。ミュージックのようなデザインの環境である。 このワールド・デザインをつくる上でコンピューターを使うことは必要不可欠であるが、一番大切なのは現地の文化に実際触れることのできる環境。そしてその文化の中で育った人たち自身に参加してもらうことである。ワールド・デザインは、イタリアにオフィスを持ったことで、これらの構造がスタートしたのである。当時、フィレンツェのオフィスは、アメックスのコンピューターセキュリティ関連の仕事をしていた女性に現地に住んでもらいながら仕事をしてもらっている。もう一人のパートナーは、日本人の女性オペラ歌手である。彼女は、イタリア語に関しても同時通訳なみのバイリンガルで、ご主人は、コンピューターショップを経営している人だ。かれらのネットワークで助けてもらいながらホームページの制作の実験を始めた。キーワードは、「スピリチュアルなこと。」「イタリアであること。フィレンツェであること。」である。これからは、デジタルになればなるほどスピリチュアルなものが大事になってゆくと思う。まさに「気持ちを伝えるテクノロジー」をそのまま実現したくなったのだ。タイトルは、テレパシーという言葉が思い浮かんだ。URLというホームページの電話番号のようなものは、当社のホームページアドレスのほかにTELEPATHY.NETを申請して獲得した。昔のアマチュア無線のコール番号JK1DEHに形が変わった様な不思議な感覚だった事を覚えている。
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Works ネットでイタリアと東京を結ぶ、番組を10年前1997年に制作していたんだ。凡人デザイナーのオムニバス(グラフィック編-1) アップルコンピュータの貴重サイン 実は、広告、CM制作の為に、月の不動産を所有しています。 東京工芸大学からのインタビュー BIO-MORPH-MUYBRIDGE Infini-Dポスター アルケミア 東映三国志ポスターCG制作 LOVE MOTHER EARTHのポスターを制作する |