健康

2004.01.30

メディカルとデザインの周辺-5

前回、『薬は「情報」とセットで薬である』という話をしたが、その多岐に渡る情報を適切に取り持つメディアとしてインターネットがあげられる。アメリカではさらにTVや雑誌でのダイレクトコンシューマ広告とWebがセットで連動している。もちろん、日本でもだんだんそのような傾向が見られ、TV・印刷媒体・フリーダイヤル・インターネットなど統合型コミュニケーションに変化している。しかも、病気以外のヘルスケアの情報発信としてWebが利用され始めている。もう少し詳しく言うと3、4年前は印刷物、便箋、パンフレットの情報のみで40%、それらの情報のWeb版40%、多少インタラクティブに個別でお客様に対応する情報提供が20%の割合だった。branding.gif

これからはユーザー個別の悩みそれぞれに対応したインタラクティブ性を持ったものが普及し、特にその分野でアメリカでは、紙とサイトの扱いのパーセンテージが逆転するようになると推測される。インターネット人口が多くなった現在の日本でも特に健康状態に厳しい状況に追い込まれている患者がウェブサーチをしている事を考えると、製薬メーカーが送り出すWeb上のコンテンツは大切であると思う。

コミュニケーションのレベルは4段階あり、その中を分けると更に大きく2つに分かれる。つまり、「情報のみを伝え合う」と「相手を応援する、気づかうことで勇気と希望を与え、伝える」の2つだ。この後者の部分は、プッシュコミュニケーションとも言え、広告の手段として多く開発されてきた部分ではあるが、患者の方向にも十分に配慮を持った情報とコミュニケーションの実行が大切である。
私たち人間は一人一人は弱い。弱いからこそお互いが携え合って生きていく上で、組織という生のシステムを編み出した。ここで開発される商品は経済活動の産物となっていく。その商品は、倫理と共に変わる。そこに本当の意味での幸せを目標とした情報の整理整頓を基盤としたデザインの意味が問われている。

人間は、生きて、感じて、体験をし、実行していく。それらを保障するものが健康であり、サポートしていくものがメディカル&ヘルスケアである。誰もがこの最も高い価値として、たどり着いてしまう「病気から一個人の健康。」というものは商品を提供するという行為を通り越し、「願いや祈り」とも言えないだろうか。 さて、気持ちを整理して、もう一度この難しい商品を広告家として、デザイナーとして分析してみると、薬のカプセルを見せてもすぐに広告としては成り立たない事が分かる。これはカプセルや錠剤が商品ではなく、効能が商品だからである。患者としては、自分にとって、ためになりそうな薬であれば、医者にかかった時もその薬について医師の意見を訊ねてみるなどの情報開示の時代に突入してきたと言える。この一人一人の薬に対しての指名と医師のアクセプト、もしくは、医師の指名と患者のアクセプトの累積が薬のブランド(言葉が見当たらないのでブランドとしておく)になっていくのではないだろうか。この新薬をブランディングしていく一方、薬の世界では続々と競合品が生まれてくるという生き残りをしていかなければいけない。我々も生きていかなければならないが、その一個人が所属している家庭や組織も生きていくという使命を自ずと持っている。その個人が今生の中で、自分が何者であるか、を確認しつずけていくのが人生の最終目的であり、そのためには、健康な体と気持ち(精神状態)が必要なのであると思う。

Works

ネットでイタリアと東京を結ぶ、番組を10年前1997年に制作していたんだ。

凡人デザイナーのオムニバス(グラフィック編-1)

アップルコンピュータの貴重サイン

実は、広告、CM制作の為に、月の不動産を所有しています。

東京工芸大学からのインタビュー

BIO-MORPH-MUYBRIDGE

Infini-Dポスター

アルケミア

東映三国志ポスターCG制作

LOVE MOTHER EARTHのポスターを制作する