知識

2007.06.05

1992年11月、タクシーに乗り帰宅途中

交通事故にあい脊髄を骨折してしまった。幸い神経は、すべてつながっていたのでわりと早く退院できたのだが、ギブスをしながら、古い国立病院の外科病棟の個室に電話を引いてもらい、色校をしたりしていた。そんなある夜、

カメラマンのエドワード・マイブリッジの撮った写真たちが生きているかのように動き出す夢を見た。早速事務所からマックを持ってきてもらい、看護婦と主治医の目を盗みながらベッドの上の細長い小さなテーブルの上にモニター、キーボードを置き、マイブリッジの写真と写真の間をモーフィングというソフトでいくつものコマを計算させ始めた。
夢で見たときと同じ
様にその映像は、まわりの空間空間をひきずりながら、不思議な動き方をし始めた。退院した後、それをCD-ROMにまとめて、バイオモーフ・エンサイクロペディア・マイブリッジと名づけた。これは現在は、ニューヨークのDAPというディストリビューターを通して全世界に僕の会社4D.ブランドで売り出していた。マルチメディアに興味がある美術館は、大体購入してもらっているようだ。全く何が悪くなるか良くなるか分かったものではない。しかしその時、見舞いに来たコピーライターの小川明彦は意地悪く、「脊髄が折れたのでもうクンダリーニが登れないネ」なんて言った。とんでもないやつだと思った。

Works

ネットでイタリアと東京を結ぶ、番組を10年前1997年に制作していたんだ。

凡人デザイナーのオムニバス(グラフィック編-1)

アップルコンピュータの貴重サイン

実は、広告、CM制作の為に、月の不動産を所有しています。

東京工芸大学からのインタビュー

BIO-MORPH-MUYBRIDGE

Infini-Dポスター

アルケミア

東映三国志ポスターCG制作

LOVE MOTHER EARTHのポスターを制作する