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知識
2007.07.25
ワールド・デザイン計画 新しいデザインの構造 第7回
雑誌 STEP-BY-STEP 1997年13号 掲載
ワールド・デザイン計画
新しいデザインの構造 第7回
シュリーマン像に挑む(後編)

さて、前回できあがったShade等のデータを今度はLivePictureに持っていく。Photoshopは計算ずくで一つ一つのピクセルを間違いなく定着させるソフトだが、LivePictureは計算ではなく感性だ。料理で言ったらフランス料理のように一つ一つ型を大切にした作業と様式の組み合わせでディナーをつくるとするならば、こちらは感性で勝負のイタリア料理といったところである。ワコムのタブレットがあれば、写真を薄く合成したり輪郭をあまくしたりできる。エレメントが多く複雑なCGは写真で言う被写体深度をうまく補いポイントを整頓することが有効だ。この方法はたくさんの情報、物、物語性をせっかくたんねんにインプットしていきながら組み上げたCGをぼかしてしまうものなのだが私はこの方法をよく使う。見る人は曖昧な空間の前に立たされるのだが、ボケているから見る人それぞれのイマジネーションがふくらんでいくのだ。そして彼らの視線をつなぎ留める事ができるのだ。大きく作業を分けると(1)エレメントの隙のない構成(1mmも動かせないバランス)(2)光と影を使うことによる画面の定着(3)曖昧化の順が大きな制作過程です。
Live Pictureでオブジェクトの合成
まず、前回レンダリングしたピクトイメージ類をTIFFに全てコンバートする。LivePictureでコンバーターはさらにTIFFからIVUEファイルにコンバートする。IVUEができあがったらLivePictureに持ち込む。ここではまず、先程つくったバックと人物を配置する。そして空間に杯やアーガメムノン仮面 をレイアウトする。そこでシャドーを空間に描き込むわけだがLivePictureでするとこうだ。杯を例にとってみよう。まず、レイアウトする場所を左下にする。(図1)そして単色ペイントで杯のまわりを選択ツールで塗りつぶす。その時に濃度を50%以下にしておく。次にこの杯のマスクを単色ペイントに応用してあげればそのマスクの形になった影のテンプレートがつくれる。それにLivePictureの右のレイヤーブラウザーの杯のパートの左から2番目のアイコンをオプションボタンを押したままマウスで指定してあげて、次に先程の単色レイヤーの今度は左から3番目のマスクにドラッグすると(図3)のように杯の上に影部分がのった状態になる。
そこで(図4)のように杯の下に今制作した影用レイヤーを移動する。そして右下に移動してあげるとだいぶ影らしくなってくる。そして今度は(図5)のように変形をしてあげる。全体の配置に気をつかい、(図6)のようにレイアウトをだいたいしてみる。
 
 

展覧会用に大判出力
一度ビルド(3Dで言えばレンダリングのようなもの)をして、そしてA3程度の昇華型プリンターで出力して見る。一夜あけて次の日また手直しをして完成だ。今回のものは展覧会用にHPの大型プリンター・デザインジェット750Cプラスでタテ幅A0サイズで最終出力をしてみた。今度のデジタルイメージ展に出展するつもりだ。
柴山信広と『4D.』
インドでテクノロジーの拡張が気持ちを伝える為の技術という事に気づき、今までのグラフィックデザインの延長上に更にコンピューターテクノロジーを融合させた次世代な広告代理業務やシンクタンク機能を持つデザインオフィス『4D.』を設立。『4D.』では以来、コンピュータ・ハード/ソフト関連の広告デザインを中心に、 NTTグループ広告や数々のデザイン・ワークをこなし、日本ヒューレットパッカードで、もとYMOの細野氏を起用したスキャナの広告や日立マクセルのCGをふんだんに使用した広告を手掛けた。最近では、クラリスのパケージ全面改定をてがけている。イベントも手掛けているが3カ月期間限定HPデザイナーズラボを青山で1996年夏、企画運営プロデュースしてきた。CD-ROM黎明期にインタラクティブブック『BIO MORPH ENCYCLOPEDIA』をニューヨークから発売。また、1995年にはイタリア・フィレンツェにもオフィスを開設。最先端の情報を取り入れるべくマルチメディア、テレコミュニケーションを充実させるべく、今、イタリア・トーキョーのネットワークを利用し、Microsoftと共同でトスカーナのテーブルという極楽番組を制作中。最近は新しいデジタルカメラの企画を手掛けたいと思っている。ウェッブのプッシュコンテンツの製作上のはデータはわざとデータ量をぎりぎりまでにそぎ落とす。はかないほど威力を発揮する。私たちの会社もそうだ。世界最小で時代に対してスピーディな感性をもつ最強な会社にしていきたい。人数が少ないということは弱いという事ではないからだ。
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