マインド

2008.01.04

「展覧会 忘れ去られていくものたち」柴山信広個展

生きるという体験は、「いま」という瞬間の連続の中にある。それは聖典をひもどくまでもなく、自明のことのように思われる。実に、私たちの手もとには過去もなく、未来もない。時は、イマジネーションmの中にしか存在し得ないのだ。

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2008.01.04

新春にあたっての誌上ご挨拶

皆様、明けましておめでとうございます。
昨年は激動の年でした。思えば昨年今頃から、いやいや、一昨年の夏ぐらいから激流に飲み込まれながら、水面で少し呼吸したら、また体ごと引っ張られていく経験をなんども何度もしました。おかげで、水はがぶ飲みでした。去年の秋からは、猛烈に働きました。いや、へたなクロールで泳いでいました。陸に上がったら体が重たいにのなんのって。でも、心身は逆に爽快になりました。皆さんはどんな年でしたか。

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2007.08.13

8月10日は4Dの自戒の記念日にしたいと思います。

4Dの創立記念日は1990年4月1日です。大変な時間と年月が立ち、その間にバブル崩壊を経験しながらも、深く深く、根を地中深く張って来ました。台風のときも、日照りが続く時も、ずーと、辛抱強く、地中深く根を張ってきました。うまくいった事だけではなく失敗したことや辛かった事も乗り越え、17年以上も持ち続けている事は、感謝です。だから簡単にそう言う樹木は倒れにくいと思っています。斉藤一人さんの様に「困った時が学ぶとき」でもあります。昔の苦楽を語り伝えていく事は、私達全員が一つに成ればこそ、乗りこらえられ、未来という、ビジョンと希望が見えてくる物だと思います。ユダヤの方々は楽しかった時だけではなく苦しかった時も記念日にします。先日、私が大いに反省しなければいけない事があり山王神社にお参りしに行きました。とても気分がすがすがしく成りました。今朝の朝礼で私達も8月10日は自戒の記念日にしたいと思いました。

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2007.08.02

逆に、時間をかけて書いて頂いて恐縮しています。その言葉は僕の財産です。

柴山さん

お世話になっています。
月曜日のプレゼンテーション、いかがでしたか。

この度はフォーディコムチームの一員として
プロジェクトに参加させていただき、
どうもありがとうございます。
柴山さんとお話をさせていただくようになり、
この世界で経験を積むうちに忘れかけていた何か・・・
常に一生懸命取り組んできたつもりでも
知らず知らずのうちに楽な道を選んでいたり、
守りに入っていたり、
どこかおざなりになっていた部分があるのではと
反省し、その一方で
「広告」というものに対して
もう一度新鮮な気持ちを取り戻せそうな、
何だかそんな気がしています。

CQの考え方も勉強になりました。
自分でも常に同様のことを意識して
コピーを開発してきたつもりではありますが、
これまで一緒に仕事をしてきたCDやクライアントの多くは
たとえそれが強いインパクトを持つものであっても
少しでもネガティブなニュアンスを含めば敬遠する傾向があり、
またそういう相手と仕事をしているうちに
自らも「無難な方向」を提案する
悪いクセがついていたように思います。
「人は読まない」ことを前提に
広告づくりをスタートする柴山さんのお考えを
今このタイミングでお聞きできたことは、
自分自身のコピーワークを
再確認&再構築する
いいキッカケになったと感じています。

フリーと言う立場の自分に
「初心に戻る」機会を与えてくださったこと、
そのことにとても感謝しています。

これからもご指導ご鞭撻のほど、
よろしくお願いいたします!

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2007.08.02

宝物メールを紹介させてください。

柴山さん

一昨日はどうもありがとうございました。
突然のコンタクトにもかかわらず、
ご自宅にまでお招きいただき
たいへん貴重なお話をお聞かせくださったこと、
本当に心より感謝しております。

あの日ご一緒させていただいた数時間は、
僕にとっては、ある意味相当ショッキングな時間でした。

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2007.07.04

あるクライアントの撮影に行った日、見たスタジオのシンクロニシティー

先週、あるクライアントの実機モデルを代理店様経由で見せて頂いていた。その時スタジオの使用者がチョークで書いてあるのが普通だが、驚いたことに、昔そのクライアントと代理店を担当していた4Dの社員だった人間が、再就職した、会社の名前が同じスタジオの掲示板に上下で書かれていた。なんというシンクロニシティー!これからもお互い頑張りましょう。

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2007.06.05

1993年、日本ヒューレット・パッカード社の方からスキャナーの仕事が飛び込んできた。

僕は、マックが好きなので、それにつながるスキャナーということだけでもう大喜びだ。彼も精神世界の本を読んでいる人で、興味のある本を何冊も紹介してもらった。
何回かのシリーズ広告を続けていくうちに、YMOの細野晴臣さんと、気が合い

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2007.06.05

光明体験

1989年かねてから念願だった、インドに行った。ボンベイから列車に乗りバスを乗り継ぎ、ガネシュプリという村の中にあるお寺に向かう。目的は、そのお寺の主であるグルに会うためである。飛行場に着きどんどん身も知らぬ現地のインドの人から1週間かけてロールプレイングゲームのように導かれ着いた所は、芝が綺麗であらゆる宗教が混在しているかのような大きいお寺だった。でも、グルである彼女は、奥にひっこんだままで会えなかった。暇だったので、ケーブという場所で瞑想した。1日目、2日目、全然つまらなくて、








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2007.05.29

阿部ちゃん、これからは、パートナーになりましょう。

ちょっと遅い書き込みに成ってしまいました。阿部ちゃんには、深い思いれがあったので、ブログ筆が進みませんでした。阿部ちゃん、約5年間、長い間ご苦労様でした。コピーの大先輩が不在だったので、先輩を当社に望んでいましたよね。こればっかりは巡り会いという物があって難しいよ。でも”仕事の相手先という素晴らしい環境”という先生は用意出来ていたと思います。本当の事言うと、僕の知り合いの会社に行ってしまうのは、結構、辛いよ。でもTCCを取りたいと言う事で、広告、紙媒体をしていきたい、IMG_0223n.jpg

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2007.02.14

覚田さんとの巡りあわせ。

覚田さんはとは、デジハリのグーグール+ペンシルのセミナーで初めてお会いしました。実際、現場で話が凄く面白い。透明感あるし。何しろパワフル。それで、私の会社に起こし願い、話して行くと、1990年初頭の間で、かなりニアミスであるお互いの存在が初めて分かりました。今まで出会うために用意されていたすれ違い。お互い絶対に顔ぐらいは見てるかも。僕が、1988年、この会社かっこいいなと思った、ソフトの会社はシステムソフトという会社で、あの当時のイラストレータやフォトショップを世に打ち上げてた会社で、それが何故か、東京ではなく博多だったのでした。当時の社長は樺島社長でかっこいいなーとIMG_1823.jpg

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2007.02.02

22歳の時、半月ADしてました。

デザイナーの仕事は、(1)相手の問題を理解・把握し、(2)その解決の着想をする。(3)そして形にしていく、いわば施工。この三段階に別れる。だからアシスタントデザイナーは、その施工の部分的なアシストを行い、施工の全体に意識を広げてゆきつつ、デザイナーになれる為の準備段階にある人だと思っている。

僕は一番最初に入った会社で、アートディレクターの下で仕事を行っていた。対外的にはデザイナーという肩書きだったのだが、

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2007.02.01

サムライ カンパニーが訪問して来た。

今日は出会えて大変嬉しかったです。
お世話になりました。とはサムライのメールです。

色々、参考になる話を聞かせてもらった上に励ましの言葉をいただき、さらには夢を実現するために必要な欠かせないものを沢山もらったと思います。中村社長さんも笑顔で自転車に乗り帰っていく姿を見ると僕はさらに笑みがこぼれ、社長さんのチャレンジ精神にも感銘を受けました。

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2007.01.30

見野君、ありがとう。

見野君。七年間、お疲れ様でした。彼は大阪で生まれ育ち、ある方の紹介で、東京の当社に鞄一つで面接にきた。風はまだ寒かった。彼は自作のイラストとアルバイトで手伝ったサイトのURLを携えて来た。彼のイラストは、柔らかさのなかにユーモアーといたずらさが同居していて、パステルなグリーン、ローズ、ブラウンで描かれていて、一発で書かれた的確さの中にあまり訂正はなかった。この紙で書かれているイラストは、自作のホームページのアイコン等のタッチにも生かされていたように思う。彼の頭の中はきっと情報設計がトニーブザンのマインドマップのようにしなやかな、繋がりをもって、右脳と左脳の間が楽しく会話しあっているのだろう。そう感じた。

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2004.09.28

柴山、タペストリー個展、皆ありがとう。

先日行った展覧会に来ていただいた方からご感想をいただきましたので、遅ればせながらご紹介させていただきます。
お忙しい中、ありがとうございました。

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2001.07.17

ビールのおもてなし

すでに7月も半ば。
7月17日である本日、地下鉄の入り口にあるメトロ新聞なるものに、花火大会のスケジュールが全面に出ていて、夏が始まった焦り感をかもし出している。
やはり夏、といえばビール。

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1999.03.04

デザインは人の優しさがなきゃ Part2

 前回、デザインは「人の為にしてあげられる事だ」って書いた。ところがこれって「自分の為に自分がしたい」ととてもよく似ているとも書いた。人間は昔からそうやって生きてきたのだろう。つまり、人は自分の背中がかゆくても自分では掻けない。

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1999.03.04

デザインは人の優しさがなきゃ Part1

 デザインをしていく過程で、深く濃厚な時間を味わうことがある。鉛筆を削って白い紙の上に置く。腕を組み考えを練る。するとアイデアのかけららしきものが現われ、手で描かれていくラインがたどたどしく奥行きをもったり、消えたりしながら少しづつ形を進化させていく。この時間は何ものにも変えがたい大切な瞬間。そして濃霧の中を行くエトランジェのように、僕をデザインという旅人に幾度も立ち返らせてくれる。

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1999.02.09

WIREDの寄稿”インドの、きっと、天使たち。”

……旅は続いていた。インド・ボンベイの街に辿り着いてからは、あの威嚇するような大きな目玉とコールマン髭の油断ならぬ詐欺師たちに頭を悩ませていた。それでも高僧が棲むといわれる寺院を尋ねる気持ちは変わらなかった。3、4時間ぐらい列車に揺られていただろうか、辺りは薄鼠色の岩山の景色に変わっていた。とても遠くに迷いこんでしまった気がしはじめていた。やがてボンベイ駅で出逢ったインド人が教えてくれたバスに乗り換えるために下車する停車場に着いた。WIRED.jpg

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Works

1992年のマックエキスポのムビー再登場

コンピュータと大型プリンタ技術によるタペストリー制作

植島啓司先生からのコメント

ネットでイタリアと東京を結ぶ、番組を10年前1997年に制作していたんだ。

凡人デザイナーのオムニバス(グラフィック編-1)

アップルコンピュータの貴重サイン

実は、広告、CM制作の為に、月の不動産を所有しています。

東京工芸大学からのインタビュー

BIO-MORPH-MUYBRIDGE

Infini-Dポスター