Works

2007.03.22

1995年、クラリスのパッケージデザイン、コンペの勝利

昔、ワイアードト言う雑誌があった。僕もそのころ、寄稿していたから、日本版、出版記念パーティに声かけられて、青山のスパイラルホール地下会場まで、出席しに行った。そこで名刺交換したのが当時、クラリス社のマーケティング担当者の人と名刺交換させていただいた。しばらくして、柴山さん、6社競合なんだけれど、パッケージのデザインコンペに参加してくれませんか?任務1,今までのブランドを壊さないように。2,お店で目立つように。3,斬新感が感じられるように。

という難題が舞い込みました。自慢じゃないけれど、コンペはデザイン生活それまで相当うけているが、負けた数なんて、五回以内だった。よ〜し、受けます。と言って、約3週間時間を頂きました。僕は秋葉原の現場に行きなさい。そしてレポートを出すように。と指示した。すると秋葉のコンピュータ専門デパートでは、大量陳列がされていて、パッケージのあらゆる角度がエレベータから順ぐるに見えてくることが分かった。4D伝統のデザインの知恵の内部コンペを繰り返し、制御、精査を繰り返していった。すると、大きく分けると3方向だが、細かくチューニングをして全商品のラインナップを見せる間で至らないと、相手が納得シナイでしょ。ということで、ごらんの様な量のサンプルが一気に制作された。写真の一番上が、その当時の課題になった旧バージョンです。4Dらしく半3Dらしいデザインをワンラインアップ、提案した。 相手は、このプレゼンに言葉もなく、静かに目を潤ませていた。
手応えはあった。後は、おてんとう様のみぞ知る事、と言うことで、連絡を待った。しかし、後出しの再プレをしてきた会社があり、プレゼンの行方は雲行きが悪くなった。コンペというのは条件が一緒でなければ、平等ではない。オリンピックで言うならばフライングの人でもゴールをしてタイムが早ければ、優勝ということになる。しかし、「放っておけ。」とみんなには指示した。あれ以上のパッケージ戦略をだすのはどの会社でも、難しいはずだと考えた。結果の電話がコンペから、3ヶ月あとに、担当者自らきた。嬉しかった。担当者はアメリカ本社まで飛んでいき、元のデザイン、ブランディング担当者に自らプレゼンしに行っていた。その青い目の担当者は自分のスピリットを内包しながらも、いけてるデザインになった4Dのデザインスピリットに感動して泣いていたそうだ。勝利した僕たちも泣いた。%83N%83%89%83%8A%83X458.jpg

1995年当時、これらは、アナログで制作している時代では間に合わなかった。しかしコンピュータがあるから、このスピードのシュミレーションが出来るのである。しかもG4やG5がなく、POWER MAC8200でした。今考えれば、現在のコンピュータはスーパコンピュータである。CRARIS2.jpg


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CRARIS1.jpg下のパッケージは実は洒落で制作したプレミアム。中にマッサージグッズが入っている。
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ネットでイタリアと東京を結ぶ、番組を10年前1997年に制作していたんだ。

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実は、広告、CM制作の為に、月の不動産を所有しています。

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