Works

2007.09.28

植島啓司先生からのコメント

脳波とCGと音楽

いったいどこまでが自分でどこまでが他者なのか、それは永遠の問題だ。はたして皮膚は本当に自分に属しているのだろうか。毛髪は、歯は、唾液は、爪は、乳は、そして、手術によって取り出された臓器は、はたして自分なのかそうでないのか。電子時代の超越主義は脳さえあればいいという発想に陥りがちである。それ以外はすべて交換可能だと主張するのだ。だが、はたして脳も本当に自分に属しているのだろうか。柴山信広の魅力は、そうした問いかけの豊かさにある。彼の作品は、彼自身の脳をヴィジュアルとサウンドによって第三者に対してイメージ化しようとしたものであり、それをみごとに美しい作品群として結晶させている。脳波とCGと音楽。自分のなかの自分でないものと、自分の外側にありながらつねに自分でないものと、自分の外側にありながらつねに自分であり続けているもの。

彼は「CGを描いているときの気分、アイディアに思いを馳せているときの気分が脳波の中に入り続けていた」と言う。機械を通じて描き出される自分自身。そこには意識することなしに存在する彼自身がいる。彼とシンクロしたり全く無関係に振る舞う不思議なグラフ。それを見ていると、パゾリーニ『グラムシの遺骨』という詩集の中の一節が思い出される。「自己矛盾というスキャンダル/ぼくはきみの味方できみの敵だ/心では光を浴びてきみの味方、血管の奥底はきみの敵」。柴山信広は全く未来型のアーティストである。脳波を棺に入れて葬るという行為は、これまでとは異なる多次元的な自己の再生を予感させるものである。是非とも、いつかそのプロセスに立ち会いたいものだと思う。
植島啓司(関西大学教授)

1992年 シバヤマ・ノブヒロ 
「展覧会 忘れ去られていくものたち」の時に寄稿して頂きました。

Works

コンピュータ技術によるタペストリー

植島啓司先生からのコメント

ネットでイタリアと東京を結ぶ、番組を10年前1997年に制作していたんだ。

凡人デザイナーのオムニバス(グラフィック編-1)

アップルコンピュータの貴重サイン

実は、広告、CM制作の為に、月の不動産を所有しています。

東京工芸大学からのインタビュー

BIO-MORPH-MUYBRIDGE

Infini-Dポスター

アルケミア